'97

祈り

 

介護士として働いていた頃、毎日誰かが死んでいた。

いや、大袈裟に言った。毎日ではないが、誰かが死ぬ。多い時には2.3人が一日に死ぬ。そういう場所で私は働いていた。患者さんは病気で死ぬ。死に方も死に場所も選べずに死ぬ。死ぬってどういう気持ちでどういう感覚なのか、私は分からないし知らない。有名な人が死ぬと、無名の人たちはなんで、どうしてと知りたがる。名も知れぬ人が電車の人身事故で死ねば迷惑だと言う。無差別な事故で死ねばあんまりだと嘆く。外野はいつだって身勝手で喧しい。

なんというか、死に方くらい自分で決めたっていいじゃないかと思う。生き方も死に方も自分で決めていい。よく知りもしない人が口を出していい問題ではないと思うのだ。

大切な人に生きていてほしいと思ってしまう。それは家族だったり、友だちだったり、私と何らかの接点がある人に対して思う。どうか死なないでと願う。でもこれはきっと私のわがままだ。

介護士として働いていた頃、患者さんが死ぬたびに泣いた。周りの職員が泣かないのを見て薄情だとは思わなかった。人間は慣れてしまう生き物だから。長く勤めれば勤めるほど、そうなってしまうようだった。でも私はいつも悲しかった。人間は後悔しないように熟考した上で選択して生きていくけど、目の前の患者さんが死んだとき、私の中に残るのは後悔だけだった。笑顔で送り出そうねと言われても涙で前が霞んで見えない。他の職員が頑張ったねと声をかける中、私はもっとなにかこの人の為にできたんじゃないかと後悔してしまう。だけどどれだけ手を尽くしても、どれだけ寄り添っても、いつも後悔してしまう。死なないでと何度も願った。でも人間には寿命があるから、いつかはみんな死んでしまう。私にはそれを受け入れるだけの器がない。私の寿命を分けてあげるから、どうか生きてと願った。でもそれだって私のわがままで、その人はちっとも望んでいないかもしれない。私はたぶん、人に対しての思い入れが強すぎるのだ。もし私の周りの人が自死したとして、やっぱりそこに残るのは後悔だけなのだと思う。もっと何かできたんじゃないか、でもそれすらも迷惑だったのかもしれない、とか、そんな感情だけが残るんだと思う。

 

大切な人たちへ

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この歌を初めて聴いた時、泣いてしまった。他人に対する私の気持ちはこの歌だった。 どうか死なないで、耐えて生き抜いて、ただひたすらそんな気持ち。

 

先日職場の先輩から、私が大好きだった患者さんが亡くなったと聞かされた。ああ、そうかとしばらく放心した。そうか、と。私は冷たくなった体を知っている。一切の熱を持たない、何物にも形容しがたいあの冷たさを知っている。私の名前を呼んで、私に笑いかけてくれて、心配してくれて、好きでいてくれた人がもうこの世にはいない。久しぶりの感覚に戸惑った。一人で静かに泣いた。やっぱり、頑張ったねという気持ちにはなれなかった。頑張ったと思う。すごく頑張っていたのを一番そばで見ていたから、よく分かっている。それでも後悔が残る。仕事辞めなきゃよかったなとか、会いに行きたかったなとか、今更どうしようもないことばかり考えて悲しくなった。

 

忘れられない患者さんが何人かいる。それは私のことを大好きだと言ってくれた人や、異様に手がかかる患者さんだった。嫌いな患者さんなんか一人もいなかった。恵まれた環境で働いていた。

わたしは看取りが好きだ。私と患者さんは家族でもなければ友だちでもない。その人の人生に私は交わらないはずの人間だ。だけど、看取りはその人の人生の最期に関わることができる。私はそれが好きだった。私が最期、看取りたかったな。私が、送ってあげたかったな。でも実際その場にいたら泣いて仕事にならなかったろうな。苦しくなかったかな。会いに行くって言ったのに行けなかったな。そんなことをずっと考えてしまう。囚われてしまう。思い入れが強すぎて、多分ある意味介護職は向いていない。患者さんですらいなくなってしまえば悲しいのに、周りの人が居なくなったら耐えられそうにないな。この世の終わりくらい辛いんだろうな。みんな死なないでほしいな。でも、私のわがままだ。

 

もし、私の大切な人が死にたいと言ったら私はそれを引き留めないと思う。考えて考えて考え抜いてその結論に至ったのだろうと思うから。私はたぶん引き止めない。引き止められない。でもその事実を受け入れる勇気もきっとない。死に方は自分で決めていい。自分の人生を終わらせるタイミングは自分で決めたっていい。そう思うのに、どうしようもなく死なないでほしいと願ってしまう自分のわがままさに嫌気が差す。

 

死がどういうものなのか分かっていたらこんなに怖くないのかもしれない。自分が死んでもどうでもいいけど、周りには生きていてほしい。

 

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生きていてほしいな。ただそれだけ。

だけどそんなに簡単なことじゃないのも分かってる。