'97

1,129km離れたあなた

 

2198gで産まれたあなたの本当の予定日は5月12日です。

 

お誕生日おめでとう。厳密にはあなたが産まれたのは21:16だけど。

 

あなたが受けるはずの苦しみはすべて私が受けたい。ずっと笑っててほしいんだ。私、あなたの笑った顔が好き。あなたは沢山の人に愛されるべき存在です。泣いてほしくない。傷ついてほしくない。

 

私が自分のこと大事だったら、多分あなたの親権をパパに譲らなかったと思う。私の母親が「覚悟があれば子どもを守れる」って言ってたけど、それで言ったら私に覚悟がなかったよね。あなたが笑っていられるにはどうしたらいいかを何年も考えた結果たどり着いた答えが今のあなたの生活です。それでもし、苦しめたら本当にごめんしか言えないけど、でも私は今でも最善だったと思います。

 

あなたのパパとたくさん考えました。何回も話し合いました。沢山泣きました。私たち大事なのは自分じゃなかったから。あなたが幸せでいられるにはどうしたらいいかなって沢山考えました。私たちあなたが一番大事だから。

 

 

あなたを思い出す日はないです。忘れる日がないからです。もし私が引き取っていたら、と考える日もあります。でもその場合あなたの笑顔は今ほど多くは見られないと思います。私はあなたといたかったけど、それは私だけのエゴだと思います。

 

もう自転車乗れるようになったんだね。補助輪も取れて。すごいね。背も伸びたね。沢山の言葉を覚えてるね。ご飯もあの時より食べられるようになったんだね。でも笑った顔は生まれた時から変わらないね。画面越しにあなたの成長を見ています。

 

私ね、あなたが私のこと忘れてもいいと思ってる。大きくなったら捨てられたって思うかもしれないよね。私のことで苦しめる日が来なければいいのに、と思います。私はあなたにずっと笑っててほしいから。優しさにだけ触れて生きていってほしい。理不尽な目に遭わないでほしい。もしいじめられたら私が全員殴りにいくからね。

 

 

連絡すれば会いに来てもいいよって言われてるけどあなたの反応が怖くて行けません。忘れていてもいいと思うのにいざ本当に忘れられていたら怖いんだと思う。多分会ったら泣いてしまうし、困らせたいわけじゃないんだ。でも小学校の入学式はこっそり見にいってもいいかな。ママだと分からなくていいから。

 

あなたが健やかに生きていることが私の幸せです。私があなたを全部大丈夫にしてあげたかったけど、多分無理だから。

 

 

パパはあなたを一番に考えてくれる人です。だから沢山頼ってね。出来るだけ幸せでいてね。沢山の愛を沢山の人に注いでもらってください。あなたはそれに値する人間なので。

 

 

言いたいことは沢山あるけど、うまく言語化できないからこの辺で終わるね。生まれてきてくれてありがとう。あなたといた5年間はずっと幸せだったよ。出来ることならもう一度あなたを抱っこしたいです。愛されていてね。

 

 

 

 

ママより

 

 

 

 

 

 

 

心って死ぬんですね

 

色々ありすぎたよなあ、28年間。

気づいたら28歳。まだなのか、もうなのか。

 

2025年7月、沢山たくさん話していっぱい泣いて自分の精神をすり減らすところまですり減らしたけど、次の日ってくるんですね。

 

 

私の一番大切な核が無くなった。

 

 

頑張る意味も生きてる意味も全部無くなって、何をしてても楽しくなくて、何にも意味を見出せなくて、薄皮一枚越しに全てが見えるような、そんな感覚。多分これはもう変わらない。

痛みも喜びも全ての感情が鈍かった。でも日々はこなした。こなしていないと本当にダメになりそうだった。

人間としての自我が保てなくなりそうだった。

自分の足で立っている感覚がなくなる。全てに重ねる。今頃何をしているんだろうと馳せる。幸せでいてほしいと願うことしかできない、無力ですね。

こんなふうに終わりってくるんですね。心がずっと冷たい。寒くて仕方がない。あの夏からもう心が暖かくなることはない。

 

 

気づいたら季節が一つ終わって、2025年も終わって、辺り一面銀世界の冬になってた。

 

 

愛してるからこそ手放した。自分のエゴより大切なものを守った。つもりでいるだけかもしれないけど。大人になったちびすけが私のことなんて思うかは、あんまり怖くない。嫌われても、無関心でも、忘れてても。そういう道を自分で選んだ。

 

長く一緒にいる父親の方が好きで当たり前。子どもが母親を好きなのはそういうことである。目を見て話を聞いてわがままを許してくれる存在だからである。信頼関係がしっかりあるからである。私にはそれが父親よりなかった。ただそれだけ。

 

お金を稼ぐことを頑張るしかなかった。殺さないために。守りたかったから。笑っててほしかったから。泣かないでほしかったから。

それがこんな結末になるなんてね。

 

働かずに大好きな子どもといられるなら私だってそうしたかった。24時間付きっきりでしんどくて、でもそれでも求められたかった。成長をずっと隣で見たかった。沢山甘えさせてあげて、好きなものを買ってあげて、でもお金の心配もなくて。それどこの金持ちだよ。

 

自分の心を優先して子どもを縛り付ける覚悟がなかった。自分より大切なものをただただ守りたかった。

 

私の人生なんにも幸せじゃなくていいから私がもらうはずだった幸せをすべてちびすけに。ちびすけが受けるはずだった苦しみは全て私に。

嫌いになって離れたわけじゃないんだよ。本当に本当に大好きだよ。自分の全てを犠牲にして守りたいよ。多分きっとこれは伝わらないと思うけど。

 

 

諦め癖は割と昔から、きっと自己肯定感の低さから、もっと言えば両親の扱いゆえだと思うけど、仕方ないって思った方が楽でいられる。最初からこうなる運命だったって思えばなんでどうして、私ばっかり、なんて思わなくて済む。流石に思ったけど。

 

 

この先もし私が結婚したとして、その相手が子どもがほしいと言ったとしても私は多分、無理だな。

ちびすけ以上に愛せる自信ないもん。こんなに好きになると思わなかったのに。

自分の身が焼かれてもいいと思えるくらいには好きだから。

 

 

もう好きなだけゲームできる。朝を過ぎて昼までできる。どれだけ飲んで帰りが遅くなっても怒る人もいない。二日酔いで動けなくても。電子書籍じゃなくても小説が読める。大好きなお好み焼きも焼肉も食べられる。昼間に映画館も行けるし、美容室に行く時間も気にしなくていい。風呂にもゆっくり入れるし、何時に起きてもいいし、何時に寝てもいい。大好きだった介護職に戻っても私一人なら生きていけてしまう。

 

 

 

それがずっと悲しい。

 

 

 

不自由の中でも幸せだった。出来ないことが沢山あったけど幸せだった。

 

心を乱したくない。凪でいたい。

笑えなくていいから泣きたくない。

ただ日々を淡々とこなしたい。

 

でもそれが毎日すごく苦しくてしんどいや。

 

 

 

 

泣かせないって言ったじゃん

 

「あんなに好きだったのにこんな風になってしまうなら、嫌いになる前に離れたい」

 

いつだかの日曜日、それは起こった。

突発的なものだったのか、或いはもっと前からそう思っていたのか。

 

初めて大切な人を泣かせた。傷つけるって分かってて傷つけた。自分が傷つくことよりも、誰かを傷つけることの方がよっぽど怖かった。

 

「もう無理なんだよね。あなたと居ると嗚咽が止まらないの。その物の言い方も態度ももう全部限界なの」

 

「私のこと下に見てるよね」「普通好きだったらどれだけ怒ってても人を馬鹿にするような言葉でないよね。」「母親としての自覚がないって普通そんなこと言う?」「障がい者なんじゃないのなんて言わないよね。」「それで好きって言われても分かんないよ、あなたの言う好きが私は分からない。」

 

「文ちゃんは自分だけが辛いとか自分だけが頑張ってるとか思ってるんでしょ?」

 

そりゃ思うでしょ。だって私とちびすけだけならこんなに頑張らなくていいもの。育児が楽とは思ってないよ。思わないけど、だけどそんな物言いしなくてもいいじゃんか。今月給料少なすぎるって言われてああ死にたいなと思った。何のために私は働いてるの?自分の洋服なんか買ってないよ。どこにも行ってないよ。誰とも会ってないよ。毎日家と職場の往復だよ。あなたの税金やら保険やら元嫁への養育費に消えてるんだよ。30万以上も消えてるんだよ。そんなん辛いでしょ。死にたいと思うでしょ。弱音くらい吐くでしょ。じゃあ仕事辞めれば、俺が働けばいいんでしょなんて言い方されたくなかった。介護だって好きで辞めたわけじゃない。辞めたいとは言ってたけど自分のタイミングで辞めたかった。また私から奪うんだね。「文ちゃん今日も頑張ったね」って、ただそれだけでよかったのに。二人で昼働いてちびすけ保育園に預けて、それが普通なんじゃないの?こんなのおかしいし普通じゃないよ。何回も言ったよね。預けるのはコロナが心配だからって言うけど、やり方なんていくらでもあったよね。チャンスも時間も沢山あったよね。

私はずっと普通になりたかったよ。

 

 

自分の気持ちを口に出したら止まらなかった。ダメだと思えば思うほど腹の底からどんどん溢れてきた。誰か私を止めてくれ。誰か私を助けてくれ。もう全部辛いんだ。死にたいとすら思うんだ。

 

出会って2年、子どもが産まれて1年と少し。

どうして今まで籍を入れてくれなかったの?どうして認知届すら出してくれないの?あなたは家族だというけど。何が家族なの?私が死んだらこの子はあなたの戸籍には入れないんだよ。法の元では私しかこの子を守れないんだよ。それなのに家族ってなんだよ。

私はちゃんとそれになりたかったのに。

 

 

それから旦那は昔話をした。

 

初めて出会ったのが2019年の7月20日

俺はずっと地獄にいたんだ。文ちゃんが俺を救ってくれたんだよ。生まれて初めて死にたいと思った。でも文ちゃんと居る時だけは全部忘れられたんだ。あの眩しい笑顔に何度も救われた。

転勤で北海道に行くことが決まって、文ちゃんは大好きな介護を辞めなくちゃいけなくなって、それでも一緒にいられるならいいよって言って着いてきてくれたこと。

北海道で一緒に住み始めるまでの2ヶ月間さみしくてさみしくて仕方なかった。文ちゃんは仕事の合間に毎日電話してくれて、俺明日も頑張ろうって思えたんだよ。

そのあと色々あって住んでた家を追い出された時も、文ちゃんは俺の心配ばっかりしてたよね。大丈夫?ってさ。私のことはいいから、一緒にいられるならそれでいいからって言ってくれたよね。全部全部嬉しかった。

文ちゃんのことが好きなのに、プロポーズした時に泣かせないし苦労もさせないし毎日笑わせるって言ったのに、こんな形になって本当にごめん。俺が一番望むのは文ちゃんとちびすけの幸せだから、全部、文ちゃんが決めて。

 

泣きながら、時々言葉に詰まりながら旦那が話すのをただただ聞くことしかできなかった。流れる涙も拭く余裕なんてなかった。

 

「俺は文ちゃんが今でもあの時と変わらず好きだよ。何もかも中途半端でずっと苦しめてごめん。そりゃ捨てられるわな。」

 

見栄っ張りでかっこつけな旦那が初めて見せた弱々しくて情けない姿。それから沢山話した。出会った時の些細な出来事。夜中に一緒に食べたカップラーメン。私が初めてあなたに作った手料理は肉汁うどんだったこと。妊娠が分かった時のこと。那須に二人でデートに行ったこと。子どもが生まれてからの日々のこと。私ずっと幸せだったよ。あなたと初めて出会った時、私死にたかったんだ。泣きながら死にたいんだって言う私の話をあなたは最後まで聞いてくれたよね。あの時俺、文ちゃんが死にたいって思わないようにしてやりてえなって思ったんだ。そう言って優しく抱きしめてくれたよね。

なんだかあの日がはるか遠い昔に感じるね。

 

このまま私が我慢すればなにも変わらず、これまで通りずっと幸せでいられるんだろうな。こういう時に本当の家族であれば腹を割ってここが嫌だったと話して、ごめんねって言いあって、また明日からよろしくねって言って何事もなかったかのように過ごすんだろうな。でも私無理だった。忘れないと思う。このままここにいたら心が死ぬと思った。心は死んだまま、何もなかったかのように過ごして、多分また繰り返す。だったら離れたい。私はあなたがいない方がずっと楽に、笑って、健やかに生きていける。心の余裕もできる。

 

嫌いになったとかじゃないの。ただ純粋にもう疲れたの。

私は誰かのために頑張れる人間だけど、誰かのための誰かに当てはまるのは多分あなたじゃない。守らなきゃいけないものを間違えちゃいけない。誰のために頑張っているか忘れるな。誰が私を奮い立たせてくれているか忘れるな。全部ちびすけだ。

 

この人となら不幸になってもいいと思った。働けなくなっても、病気になっても、私が働いて、私が支えればいいと思った。私が辛くてもだいすきな二人が笑っていてくれたらそれでいいと思った。でも、この人に不幸にされるのは違う。私を泣かせないと言ったこの人に泣かされるのは違う。苦労したっていいよ。一緒にいられるなら。全部いいよって言ってきた。全部許した。ずっと耐えてきた。でももう、無理だなあとぼんやり思ってしまった。

 

この感覚、懐かしいなと思った。4年半付き合った人の時もこの感覚だった。嫌いじゃない。でも好きか分からない。空気みたいな人で、いなきゃダメで。でも未来が見えなくて、体はあなたを拒絶する。もう終わりだなと思った。

 

不思議と、離れることが決まってから嗚咽する回数が減った。体は本当に正直だと思う。

 

耐えて耐えて耐えて、生き抜いて、その先に何があるというのだろう。結局毎回こうなってしまう。多分一生こんな感じなのだろうな。一生幸せになれないのだ。幸せだと思ってもいつかは崩れてしまうんだろうな。期待しない方が楽だな。望まない方が楽だ。こんな風になってしまうなら。

 

誰か助けてくれと何度も願う。ひっそり願う。誰にも聞かれないように小さく呟く。多分誰にも届いてほしくもない。もう全部疲れた。いなくなりたい。せっかく遠くに来たのに、また違うところへ行きたいと思う。誰も私を知らないところへ行きたい。一人になりたい。書いてて思うが、確かに母親としての自覚、ないかもな。

 

笑っちゃう。

 

2020年

 

2020年、めちゃくちゃ早かったです。気付いたらもう今年終わりですか?

 

去年も年末は家で過ごしたけど、紅白やらガキ使やらを見るのは何年振りか分からない。テレビっていいですね。

 

今年は10月まで専業主婦だったこともあって結構文字を書いた年だったな。おかげであまり言いたいこともないや。酔っぱらった時、母親に今私が抱えているすべてをぶちまけて、今の時期は難しいかもしれないけど早く帰っておいでと言われたのでいつも以上にホームシックになっている。兄とちびすけの写真やら動画を送り付けた時に、どの写真も全部可愛い、毎日大変だと思うけど頑張って、ちびすけが大きくなってて安心したと言われてなんだか泣きそうになってしまったな。10月から働き始めて、働くことってこんなに難しかったかなと感じるとともに、自分のダメな部分ばかり見えてしまって毎日しんどかったりします。お酒飲めるけどあんまり好きじゃないもんな。

 

ちびすけが生まれてから時の長さが1.5速くらいに感じます。高校の同級生が何人か結婚したり、子どもが生まれていたりして、もう大人になってしまった感が強い。23歳ってもっと大人だと思っていたけど、中身は高校生だった頃と何も変わっていない気がします。

 

2021年、ちびすけはもう歩けるようになっていて、喋れるようになっていて、今より沢山笑うようになっているんだろうなと考えると来年めちゃくちゃ楽しみです。こんなに未来が楽しみだと思えること今までの人生だったら考えられなかったな。子どもってすごいな。産んだこと1ミリも後悔してない。ちびすけが産まれてから大変だったこともそりゃあったよ。だけど、後悔してないな。行けなかった世界線とか、周りの自由さとか、息苦しさを感じることはあるけど、それはちびすけのせいじゃないし、毎日笑うちびすけを見て私も笑顔になれる。いい1年だったな。

 

来年も多分私の根の部分は変わらないんだろうけど、ちびすけの前ではずっと笑顔でいたいなあ。私の頑張る理由がちびすけであること、幸せに思えます。

 

来年いい年になるといいな。

 

おわり

ラブレター

 

いつか私の手を、親元を離れて生きていくわが子をいとしく、そして寂しく思う。

 

 

ちびすけは生後8か月を過ぎ、一人で座るのはもう完璧で、はいはいのスピードが恐ろしく速い。ちびすけの最近の趣味は、10秒ほどふらつきながらも支えなしで立つことらしい。私が見ていないところで、少しずつ、確実に成長していくちびすけを愛しく思う。

ちびすけが1歳になるまでもう半年もなくて、その間私たちは家族だから同じ時間を共に過ごすわけだけど、赤ちゃんから子どもになり、やがて大人になるちびすけは今過ごしている記憶をすべて忘れてしまう。当然私も赤ちゃんだった頃のことを覚えていないし、そういうものなんだろう。寂しく感じる。写真を沢山撮るけど、写真なんていうものはちびすけと過ごした日々の、ほんの一瞬でしかない。隣で寝息を立てるちびすけを見つめて、ああこのまま時が止まればいいのにと思う。このまま一生、守られて、幸せに、どうかと願う。この子が不幸になりませんように。悲しい現実に涙を流しませんように。人の優しさに触れて生きていけますように。誰かに敵意を向けられて傷つけられませんように。愛されて生きていけますように。ああこのまま時が止まりますように。

だけど、どれだけ願っても時が止まらないことを私は知っている。これから、ちびすけは大きくなって、沢山笑って沢山泣いて生きていくことを私は知っている。できるだけ幸せでありますように。愛されて、笑顔の絶えない毎日を送れますように。

重い上に欲張りすぎかな。

 

私がちびすけの幸せを祈るように、私の親も、もしかしたら同じように、幼い私の寝顔を見てどうか愛されておくれと願ったのだろうか。そうだといいな。

親元を離れてほしくないと思ってしまうのは、愛なのか、親としてのエゴなのか。私の子どもはちびすけしかいない。このまま子どもがちびすけ一人だけだったら、本気で毒親のようになってしまいそうだから、あと二人くらいは子どもが欲しいな。私の溢れんばかりの愛情を分散させなくてはいけない。そんなくだらないことを考えている。

 

本当に、一年前では考えられないほどちびすけのことが好きで困ってる。こんなに好きになると思っていなかった。心の準備もできていないまま生まれ、嬉しいとも思えなかった自分を後ろめたく感じる。産んだこと、本当に一ミリも後悔してない。ちびすけがいなければ、もっと違う、180度違う未来が私を待っていたんだろうけど、もう戻れない。たまに、戻りたいと思うこともあるけど、ちびすけの顔を見たら私の下選択肢は間違っていなかったなって思ってしまう。私の顔を見るだけで笑顔になるこの子がいなかったら、私は今頑張れていないなあ。ああ大好きだな。あと20年はちびすけと一緒に生きていくって考えたらなんかすごいよね。すごくない?未来が保証されているって、なんか、すごいや。 

 

 

最近

眠るのがこわい。眠る瞬間、意識が飛ぶ瞬間のことを考えるとこわくなる。私だけだろうか。

ちびすけと散歩するようになって歩き煙草する人を邪魔だと思うようになった。自分はアレだったのだと思った。

今の今まで手に持っていた物を次の瞬間無くす病気を患っている。病気だろ。

surfaceのキーボードどっかいってiPhoneから書いてるけどめっちゃめんどくさい。書くのめんどくさい。

 

多分ちびすけの泣き声で苦情がきて、同じ階の角部屋にプチ引っ越しをした。子どもの泣き声うるさいし、私もちびすけが生まれるまで苦手だったから気持ちは分かる。でもこういう時、ああ生きづらいなと思う。引っ越しといっても間取りが一緒だから荷物を移動させるだけなんだが、普通に疲れた。めちゃくちゃ疲れた。あーーーー、生きづらいな。

 

母と妹は仲が悪い。妹は両親のことが嫌いだ。母は不器用で、自分の気持ちを誰かに伝えるのが本当にへたくそ。大切に思っていても伝えられない。妹が1週間ほど家に帰らなかった時、心配で捜索願いを出そうとし、叔母に相談し、いとこに居場所を知っている人がいないか捜索を頼み、遠方にいる私に連絡をしてきた。私は妹に母が心配していることを伝えた。母のことだから、どこ行ってたのとか、これだからアンタはダメなんだとか言いそうだと思った。妹は思ったことを言えてしまうから、喧嘩になり仲が余計に拗れるのではと心配していた。後日、妹に「心配した、事件に巻き込まれたんじゃないかと思い気が気でなかった、無事で本当によかった」と伝えた、安心して泣いてしまったと言われた。

 

羨ましかった。

 

私にはそんなこと言ってくれたことなかったから。母と妹が普通の家族みたいに見えて、自分は蚊帳の外にいるようで、母と私は家族になれなかったようで、羨ましかった。何回もこの感覚に陥る。なりたかったけどなれなかった家族。普通。

私が高校生だった頃、妹と同じようなことをした。母は今ほど優しくはなくて、私の髪を引っ張って怒鳴り散らした。もうこんなことがないように、私が一緒にいた人と連絡が取れないようにした。まるで親として当然のことをしたというような顔で、当たり前のように。もう何年も前のことだ。あの頃に比べたら母はよっぽどいい母になった。

 

父と母が離婚したのは、今から13年前。妹はまだ未就学で、離婚した理由も父との日々も記憶にない。妹は何も知らない。何も知らないから嫌いなんだと思う。父は養育費を払っていないし、会いに来るわけでもないから捨てられたって思うのも無理はない。でも私は父と過ごした記憶が少しだけあるから嫌いになれないし、捨てられたとも思わない。私、長女で良かったかもな。父や母を憎まずに済むから。

 

好きな男が仕事を辞めたいと言った。一応理由を聞いたらやりたいことではなくなってしまったと言っていた。

分かる。

これは偏見だけど、B型はやりたいことじゃないと続かないしモチベ皆無になる。全然いいんじゃないって言ったら、好きな男は文ちゃんはそう言うと思ったって笑ってた。

何回か辞める辞めないの話があって、その度に好きな方にしたらいいよって言ってた。もちろん本心だ。「給料が低いから辞めたい」って理由だったら反対してたな。好きな仕事だけど給料がって言うなら私も働くけど、気持ちの問題なら転職してやりたいと思える仕事した方がいいんじゃないかなって思う。

好きな男に養ってもらおうというつもりは無くて、むしろ心苦しいくらいだったから、これでいいのかも。もう少ししたら私と好きな男の立場が逆転して、私が働き、好きな男が専業主夫になる。好きな男は料理が壊滅的に出来ないし、ちびすけを寝かせられないから、少し心配してる。ただ凝り性で飽きない人だから家事掃除をやらせたらめちゃくちゃ部屋を綺麗に保つと思う。

 

ちびすけが生まれて早いもので半年が経った。ハーフバースデーおめでとうと言ったらニコニコしてた。分かるのかな。

他の赤ちゃんを知らないけど、ちびすけは本当によく笑う。赤ちゃんっていないいないばあで本当に笑うんだって思ったし、歩けなくても好きな男の方に頑張って近づくのすごいな。寝返りをするようになると目が離せなくなるというが、マジでそうだな。少し目を離すと縦に寝転がっていたのに90度に変形してるし、毎回面白い。

興味がいろんなところにあるみたいで、超泣いてて座らせたらナルト真剣に見始めたり、大人がご飯食べてると自分のご飯だと思うのか、好きな男が食べ物を口に運ぶ様子をずっと目で追うし、私が洗濯物干してるとキャッキャする。

どんなに泣いても私が抱っこすると泣き止むのは変わらなくて、ママ=安心なのかなと思う。パパ=遊ぶ人だから、好きな男とちびすけがセットの時は全く寝ないのも分かる。私が一人で買い物に行くとその間ずっと泣き、私が帰ってくる数分前に泣き止むという特技も持っている。

生まれる前、愛せるか心配してたけど全然余裕でマジで好き。

 

 

最近はそんな感じ。

 

 

 

 

祈り

 

介護士として働いていた頃、毎日誰かが死んでいた。

いや、大袈裟に言った。毎日ではないが、誰かが死ぬ。多い時には2.3人が一日に死ぬ。そういう場所で私は働いていた。患者さんは病気で死ぬ。死に方も死に場所も選べずに死ぬ。死ぬってどういう気持ちでどういう感覚なのか、私は分からないし知らない。有名な人が死ぬと、無名の人たちはなんで、どうしてと知りたがる。名も知れぬ人が電車の人身事故で死ねば迷惑だと言う。無差別な事故で死ねばあんまりだと嘆く。外野はいつだって身勝手で喧しい。

なんというか、死に方くらい自分で決めたっていいじゃないかと思う。生き方も死に方も自分で決めていい。よく知りもしない人が口を出していい問題ではないと思うのだ。

大切な人に生きていてほしいと思ってしまう。それは家族だったり、友だちだったり、私と何らかの接点がある人に対して思う。どうか死なないでと願う。でもこれはきっと私のわがままだ。

介護士として働いていた頃、患者さんが死ぬたびに泣いた。周りの職員が泣かないのを見て薄情だとは思わなかった。人間は慣れてしまう生き物だから。長く勤めれば勤めるほど、そうなってしまうようだった。でも私はいつも悲しかった。人間は後悔しないように熟考した上で選択して生きていくけど、目の前の患者さんが死んだとき、私の中に残るのは後悔だけだった。笑顔で送り出そうねと言われても涙で前が霞んで見えない。他の職員が頑張ったねと声をかける中、私はもっとなにかこの人の為にできたんじゃないかと後悔してしまう。だけどどれだけ手を尽くしても、どれだけ寄り添っても、いつも後悔してしまう。死なないでと何度も願った。でも人間には寿命があるから、いつかはみんな死んでしまう。私にはそれを受け入れるだけの器がない。私の寿命を分けてあげるから、どうか生きてと願った。でもそれだって私のわがままで、その人はちっとも望んでいないかもしれない。私はたぶん、人に対しての思い入れが強すぎるのだ。もし私の周りの人が自死したとして、やっぱりそこに残るのは後悔だけなのだと思う。もっと何かできたんじゃないか、でもそれすらも迷惑だったのかもしれない、とか、そんな感情だけが残るんだと思う。

 

大切な人たちへ

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この歌を初めて聴いた時、泣いてしまった。他人に対する私の気持ちはこの歌だった。 どうか死なないで、耐えて生き抜いて、ただひたすらそんな気持ち。

 

先日職場の先輩から、私が大好きだった患者さんが亡くなったと聞かされた。ああ、そうかとしばらく放心した。そうか、と。私は冷たくなった体を知っている。一切の熱を持たない、何物にも形容しがたいあの冷たさを知っている。私の名前を呼んで、私に笑いかけてくれて、心配してくれて、好きでいてくれた人がもうこの世にはいない。久しぶりの感覚に戸惑った。一人で静かに泣いた。やっぱり、頑張ったねという気持ちにはなれなかった。頑張ったと思う。すごく頑張っていたのを一番そばで見ていたから、よく分かっている。それでも後悔が残る。仕事辞めなきゃよかったなとか、会いに行きたかったなとか、今更どうしようもないことばかり考えて悲しくなった。

 

忘れられない患者さんが何人かいる。それは私のことを大好きだと言ってくれた人や、異様に手がかかる患者さんだった。嫌いな患者さんなんか一人もいなかった。恵まれた環境で働いていた。

わたしは看取りが好きだ。私と患者さんは家族でもなければ友だちでもない。その人の人生に私は交わらないはずの人間だ。だけど、看取りはその人の人生の最期に関わることができる。私はそれが好きだった。私が最期、看取りたかったな。私が、送ってあげたかったな。でも実際その場にいたら泣いて仕事にならなかったろうな。苦しくなかったかな。会いに行くって言ったのに行けなかったな。そんなことをずっと考えてしまう。囚われてしまう。思い入れが強すぎて、多分ある意味介護職は向いていない。患者さんですらいなくなってしまえば悲しいのに、周りの人が居なくなったら耐えられそうにないな。この世の終わりくらい辛いんだろうな。みんな死なないでほしいな。でも、私のわがままだ。

 

もし、私の大切な人が死にたいと言ったら私はそれを引き留めないと思う。考えて考えて考え抜いてその結論に至ったのだろうと思うから。私はたぶん引き止めない。引き止められない。でもその事実を受け入れる勇気もきっとない。死に方は自分で決めていい。自分の人生を終わらせるタイミングは自分で決めたっていい。そう思うのに、どうしようもなく死なないでほしいと願ってしまう自分のわがままさに嫌気が差す。

 

死がどういうものなのか分かっていたらこんなに怖くないのかもしれない。自分が死んでもどうでもいいけど、周りには生きていてほしい。

 

命に嫌われている

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生きていてほしいな。ただそれだけ。

だけどそんなに簡単なことじゃないのも分かってる。