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がらんどう

ふたつ並んだ歯ブラシ、色違いのボディタオル、お揃いのスウェット、コンセントに二本ささったままの充電器。

 

恋人がいないとからっぽだな。私はからっぽになってしまうな。この感覚に陥るのが何度目だか分からない。元々、自分というものを強く持っている方ではなくて、適当に、なんとなく生きてきた結果がこれだ。恋人にかまけて友達と遊ばなかったから友達が少ない。頼れる親もいない。恋人もいなくなったら、私はひとりぼっちなんだなあって痛感する。

 

ねむる前、なかなかベッドに入れずに煙草の本数が増える。夜中に掃除を始める。孤独が強くなる。恋人がいたら、お風呂はいるよって言ったり、そろそろねんねしようかって言ってくれたりするのになあ。恋人の洗濯物を畳んでいて、切ない気持ちになった。一人分のご飯を作ることが虚しい。

 

恋人、私が仕事終わって家の鍵開けようとしたら玄関開けてくれて、その時スーツだったからああもう東京に帰っちゃうんだって思ったら寂しくなった。しきりに腕時計を確認する姿も、そわそわした姿も、ぜんぶぜんぶ悲しかった。少しの時間しか会えなくて、虚しかった。この部屋に私は取り残されるのだなと思った。それなら会えない方がよほどマシだと思った。会わない方が気が楽だと思った。きっと会えない方が死にたくなるんだろうが。

 

ねむる前は玄関の鍵が閉まってるか、ドアロックがちゃんとされているか確認しないと安心できない。何度確認しても安心できない。誰かがこの家にきまぐれで入ってきて、何かの間違いで殺されたらどうしようって怯えてねむれない。死にたいって思っても、やっぱりどこか死に対する恐怖があって、情けないなあと思います。

 

散歩して、行ったことないところに行ったら本当に何にもなかった。こんな時恋人と一緒なら、たわいもない話をしながら次は左に曲がろうかとか、こんなところにコンビニあったんだねとか、そんなくだらない話ができたのになあ。

 

恋人は悩むとひたすら歩く癖がある。私はそれを辿った。恋人の軌跡を辿って、少しでも恋人を近くに感じていたかった。だけど外は真っ暗で、私以外誰もいなくて、真っ暗闇に抱きしめられて安心感と、どこかから誰かが私を殺そうとしてるんじゃないかっていう恐怖心がぐちゃぐちゃになって苦しかった。寂しかったし、知らない道を一人で歩くのは怖かった。何も考えられなくて、ただぼけっと歩いてた。歩くのはわりと得意で好きだけど、5kmくらい歩いたところで、このまま家に帰れなかったらどうしようって思って、泣きたくなった。

 

心も体もへとへとだった。恋人がいなくなってから、ひとりの時間が長くて今までよりもねむるようになった。ご飯を食べなくなった。トイレに行かなくなった。目が覚めると私はベッドの端にいて、無意識だろうが恋人の場所をつくっていて、それが余計に虚しくて泣いた。

 

馬鹿みたいよね。たかが就職で東京に行っただけなのに、同棲が終わっただけなのに、ひとりになるのが寂しくて怖くて、だからこんな時間まで起きていたりして。仕事で疲れてくたくたなのにそれでもまだねむれなくて、だけど恋人にはもう寝るねおやすみねって言われて。

 

何をしていても虚しい。楽しけりゃ笑えばいいし、悲しいときは泣けばいいんだろうけど、虚しいときはどうしたらいいかわからない。誰か助けてって思うけど、誰も助けてくれないし、私はひとりぼっちだし、涙は止まらないから、多分幾つになっても孤独と寄り添えないと思う。

 

ねむるときは、お腹の中にいる赤ちゃんのように丸まってねむる。そうすると安心する気がする。自分が安心できるものはいくつか知っているけど、どれもあてにならない。お母さんのお腹の中に戻りたい、それができないのなら早く死にたい。

 

誰かに、大丈夫だよって言ってほしいって思うけど、誰かはいないし私は大丈夫じゃないから言われたくない。今恋人の胸に飛び込んだら涙が止まらなくなると思う。情緒が不安定なのは気質なのか、それとも春だから余計に弱っているのか。

 

私は恋人の軌跡を辿るのが本当に得意で、恋人の好きだった音楽、恋人がしてきた行い、生き方を真似て生きている。恋人がいなくなったら本当に本当に中身のない人間になるのだろうなと思う。

 

昔から芯の強い人が好き、確固たる自分を持っている人が好き。自信に満ち溢れている人が好き。私とは真逆だから好き。どうしたら自分が持てるのか全くわからないまま成人してしまった。成人とは名ばかりで、お母さんが恋しいし、ひとりでは寂しくて涙が出てしまうし、仕事は相変わらず頑張れないガキ。

 

寂しい時に寂しいと、素直になれる人間が心底羨ましい。迷惑をかけちゃいけないっていう思いが常に最前線にある。死にたくて仕方ない。恋人が私のブレーキになっている。恋人がいなかったら左腕の傷は増え続けていたと思う。

 

ここまでで2000字だって。無駄な労力。